20021019(sat.) 13227/X
小泉純ちゃんといっしょに久留米に帰郷。俺は母の49日のためで、彼は選挙の応援演説のため。(いや、本当はただの偶然です、言うまでもなく。)
帰郷ついでに、中学、高校とバンド仲間だった同級生の名前がそのまま店の名前になった、居酒屋「井むら」に顔を出す。はちまきと半被姿がよく似合うマスターのぶい(井村くんのあだ名)がその場で8人くらいの中学時代の同級生に電話をかけてくれて、突然だったにも関わらず3人の旧友が集まってくれた。みんな20年以上ぶりに会うのにちっとも変わってなくてびっくり。それでいて三児の父だったり、四児の父だったりするのだから、奇妙ですらある。
田舎の友達と久しぶりに話してびっくりするのは、小さい頃の出来事をなんでそんなに細かいとこまで覚えているの!?ということ。自分が記憶力がないのもあると思うが、東京暮らしが人生の半分になる俺と、ずっと地元で生活している環境の違いもあるのかなあなんて漠然と考えていたが、今日もっと確かな理由が分かった。俺が単に子供の頃、繊細じゃなかったってことじゃないか、と、思えたのだ。
どっちかというと小学、中学時代、ガキ大将風だった俺は「自分は立派な人物だ」くらいに甚だ勘違いをしていたし、こっちが正義と思えばそれを疑わず平気で相手を泣かしたりも出来た(独裁者か俺は! いや、さすがに拉致はしなかったけれども・苦笑)。でもそれを周りで見ていた友人にとっては、当たり前だけど、それはそんなに分かりやすく理解できる出来事ではなかったのだろう。「あん時、研ちゃんは○○ちゃんのキン○マをゴリゴリと踏みつぶして、△□○ち言うたもんね。」と、その細部まで四半世紀ものあいだ記憶に残していたのだ。
繊細で多感な時期の子供にはひとつひとつの出来事がそれくらい印象深いものだったってことだ。それに比べ、俺はデリカシーもなく、すごく大雑把に子供時代を過ごしていたってことになる。旧友にそんな思い出話をされて、「ああ、そんなことあったねえ。」ってなもんだ。
というか、今でもそれはあまり変わらないかもしれない。俺はやっぱり繊細さに欠けたデリカシーのない男だ。人の心の痛みなんか分からない非道な男だ。二十数年前とさほど変わりはない。
49日にお坊さんがやって来てお経をあげているのに、いびきをかいて寝てしまった喪主の父に似てしまったのかもしれない。なんて言い訳をしたら父は怒るだろうか? それもこれも含めて俺はダメな男ってことだなあ、あ〜あ。
母の骨を納骨堂へ納骨。かあちゃん、俺、もっとちゃんとした男になるけんね。
……
掲示板に書いてお騒がせしたメールが読み込めない件は無事解決しました。3Mbのフラッシュファイルでごわした。
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